命の値段 (三重県伊勢市小俣町耳鼻科病院やのはらクリニック)

皆さんこんにちは。耳鼻咽喉科やのはらクリニック院長の矢野原元です。

伊勢市の隣、三重県松阪市が救急車の適正利用促進をめざし、3つの中核病院で、救急搬送されながら入院に至らなかった場合、患者さんから「選定療養費」として1件につき7700円を徴収することになった、というニュースがあります。救急要請の増加が著しく、我々医師の中でも、ずっと前から救急車有料化(今回の松阪市は選定療養費徴収です)は仕方なしとの意見も多くありました。

今回の制度では救急車の有料化ではなく救急搬送でも「選定療養費」として7700円が請求される。 選定療養費とは、これまでも各地域の拠点になる大病院に紹介状なしで来院した患者から徴収できる料金。これは初期の治療はかかりつけ医が行い、大病院は高度・専門治療に専念する目的で2016年から導入されています。今までは救急搬送された患者は選定療養費の対象外でしたが、今回の決定により対象となったことが大きな変化です。

基本的には賛成なのですが、気になることもあります。入院に至らなかった場合(入院しなくても救急車を呼ぶ緊急性があったと医師と病院側が判断した場合のぞく)は有料という条件について「その判断へのクレームが予測される」ということです。

例えば、僕たち耳鼻咽喉科では、めまいの救急患者さんをよく診察していました。ほとんどの耳性めまいは入院適応はありません。それどころか、入院しないほうが改善が早い病気も多いです(良性発作性頭位めまい症など)。良性発作性頭位めまい症は患者さんはとてもつらいですが、もちろん致命的ではなく緊急性はありません。しかし、もしかしたら脳梗塞かも?と患者さんは救急車を要請します。医師としては入院適応がなくても、患者さんや、時に家族から強く入院を希望されることがあります。それに、お金がからめばどうでしょうか?さらに入院希望が増える可能性があります。入院をしない場合の救急搬送にお金がかかれば、断固として入院させてくれるまで帰らない患者さんがでてくることも予想されます。忙しい救急現場の医師に、そのような対応をさせるのは酷と思います。トラブル防止のためほとんどが「結局徴収なし」になってしまうのではないでしょうか。

むしろ全例救急搬送にタクシー程度の料金(3000ー5000円くらい?)を徴収する意見もあります。救急車の呼び控えが危惧されますが、そもそも無料だった今までが異常だと思います。救急車は祝日でも、何時でも来てくれます。様々な資格をもった隊員が数人乗っています。隊員は要請がない時も常に待機しています。病院につけば、混雑している待合をスルーして最優先で診察をうけることができます。必要であれば本来予約検査であるMRIも緊急でとります。また多くの病院ではそれなりの経験をもった医師が対応してくれます(おそらく救急車対応を研修医の先生だけで完結する病院は少ないと思います)。つまり、ものすごくコストがかかるが、緊急患者さんにとってはものすごくメリットがあるのが救急車です。このサービスにみなさんはいくら払えるでしょうか?

一般のみなさんは驚くかもしれませんが、救急車の不適切使用は頻繁にみられます。僕自身も当直時何度も経験しています。病院で待ちたくないから、日曜日しかこれないから、車が運転できないから、酔っ払い(急性アルコール中毒)、けんかや事故(軽傷でも出来事を大きくしたいとき)、施設(学校、介護施設、プール、ホテルなど)での軽度の病気や事故、施設管理者の責任回避のための救急要請も多くなります。現在のような訴訟社会で、重症軽症の判断は難しいので、とりあえず救急車要請しようという行動は理解できます。全くの不適切使用は論外ですが、高齢化社会、訴訟社会の現在では、ある程度救急要請が多くなるのは仕方ないかもしれません。

みなさんがプールの安全責任者だとして、想像してみてください。。プールサイドで滑って子どもが頭を打って血を流して大泣きしている。とりあえず救急車よびませんか?医学的には頭蓋内出血をしている可能性は低いです。みなさんが高齢者施設の夜間の責任者だったとして。夜間に入所者が呼吸が苦しいと言っています。しかもその入所者には認知症があり、うまく症状を訴えることができません。おそらく軽症で翌日の朝まで経過観察でよいと考えても、万一のことを考えて救急車呼びませんか?それらは、やはり万一重症だった場合に救急車を呼ばなかったことで後悔したくない、または家族から批判される(場合によっては訴えられる)可能性を回避したいからです。僕の経験では、学校や部活の先生や、ホテルの管理者などでも同じようなことが起こりえます(最近は熱中症関連も多いと思います)。救急要請する側の気持ちが十分にわかり、訴訟社会で救急車要請が増えることもあたりまえと思います。

松阪市の場合、R5年の救急出動件数は過去最高の16180件。(松阪市ホームページより)

このままでは、すばらしい「救急車」を維持できないことはあきらかです。救急要請の劇的な減少が難しければ、有料化は必要と考えます。この議論の時に、時々要請前の電話相談などの拡充をするべきとの意見があります。救急車を呼ぶ前に電話で要請するべきか、自分でどこかの救急外来を受診するのかを相談するべきということです。これで救急車要請の減少は、僕は難しいと思います。理由は上記と一緒で、我々医療関係者でも「救急車要請したほうがよいか?」と電話で聞かれたときに、「救急車呼ぶべきでない!命に絶対関わらないから」と言えることはほとんどないと思います。医師でも保身のために、「ちょっと電話ではわからないから、念のために救急車で受診したら」と言ってしまうのがほとんどだと思います。

日本が裕福であった時代にできたサービスが今後どんどん有料化や縮小されていくのでしょうか?例えば、ゴミ袋の値段(ゴミ出しのコスト)もどんどんあがっていくのでしょうか。

みなさんは「命を助けてくれる救急車」を呼ぶときの値段はいくらが適切と思われるでしょうか?それとも他の行政サービスを減らしたり、増税をしてでも今の救急車無料を維持すべきでしょうか?